ywagashiのブログ

徒然なるままに

7月に読んだ本

前期授業おしまい!今はもっぱら虚空をみつめて過ごしている。

 

小僧の神様・城の崎にて(志賀直哉/作)

志賀直哉と言えば私小説。純朴かつ繊細な筆致で、在りのままの家庭の様子と心境とを描写している。何か事件が起こるわけでもない、淡々と過ぎ去っていく日常の日々にも、ふとした感動の機会が潜んでいることを思い知らされる。表題作『城の崎にて』は交通事故で入院していたころの自分の想念と少し重なるところがあった。

・現代文明論講義(佐伯啓思/著)

この講演記録が勉強になったので、著作にも手を出してみた。学生と対話を行いながら、価値相対主義や民主主義といった現代文明を基礎づける思想を問い直し、最終的に現代文明はニヒリズムに陥っているという結論を導く。民主党政権の失敗、尖閣諸島問題など、具体的な話題もあり面白く読めた。
数年前まではこの人が般教の現代文明の講義を受け持っていたらしい。現在担当されている先生も個性的で面白いが、この先生の講義も受けてみたかった。

・哲学用語図鑑(田中正人/著)

イラスト付きで時系列順に哲学用語が解説されている。とてもよくまとまっており、古代から現代までの西洋哲学の大雑把な流れを掴むことができた。しばらくは手元に置いておきたい。

・読んでいない本について堂々と語る方法(ピエール・バイヤール/著、大浦康介/訳)

書物とは自らについて語る為のスクリーンに過ぎないから、実際に読んだかは問題にならない。それどころか、書物への過度な傾倒は独創性を失わせる。個別の書物の内容よりも、全体の中で書物がどのような関係性の中に位置づけられるかの方がよほど重要である。ここでは、書物と適度な距離を保つ「読み方」が推奨されている。確かに、書物を有難がるのはその人の内面がそれほど薄っぺらいということでもあるね。

・「P≠NP」問題(野崎昭弘/著)

期待外れも良いところ。肝心のP≠NP問題に全然触れられていない。せめてNP完全とNP困難の違いくらいは説明して欲しい。

・世界リスク社会論(ウルリッヒ・ベック/著、島村賢一/訳)

テロリズムや環境問題として表出した、現代社会の孕んだリスク。これは近代主義の失敗を端的に示しているが、一方で地球規模での変容の契機をもたらす。コスモポリタニズムを基軸とするベックの思想は、訳者も指摘しているようにいささか楽観的ではあるのだけど、一つのテーゼとしてはやはり価値がある。現代社会の行く先にネガティヴなムードが漂っているからこそ、こうした人間の善性に訴えかけるような思想にも目を向けたい。

・後世への最大遺物・デンマルク国の話(内村鑑三/著)

中学時代にお世話になった先生が推していた本。金も事業も文学も思想も遺せない人が遺すべき最大遺物、それは「勇ましい高尚なる生涯」であると内村鑑三は言う。安っぽい言い方をすれば、背中で語る、という感じだろうか。内村鑑三自身、クリスチャンとして様々な活動に従事し、決して己を曲げず、歴史の教科書にも載るような勇ましい高尚なる生涯を遺したから、なかなか説得力がある。

メタマテリアルのつくりかた(冨田知志、澤田桂/著)

メタマテリアルとは電磁波のふるまいをコントロールするための人工物質のこと。例えば負の屈折率を持つ物質。これは既にマイクロ波に対しては実現されているが、可視光に対しても実現できれば透明マントが作れる(!)。磁気工学関連の書籍の大半が高い専門性を要求する中で、この本は数式による説明がないので、手軽に読める。メタマテリアルベリー位相の直観的イメージをつかむのに役立った。この調子で材料工学まわりの知見を広げておきたい。


『日本SFの臨界点』は来月におあずけ。
今月読んだ中で特に琴線に触れたのは志賀直哉
上に挙げた佐伯先生の講演記録も一読の価値あり。