ywagashiのブログ

徒然なるままに

8月に読んだ本

退屈な日々はむなしい。何かに没頭できる人はそれだけで幸せだと思う。

 

行動経済学の使い方(大竹文雄/著)

一般向けに書かれた行動経済学の入門書。行動経済学とは、合理的経済人の仮定に立脚せず、人間の心理的側面に即して分析を行う経済学の一分野である。本書ではまず行動経済学の基礎知識を概観し、その知見を応用していかに市民の経済活動をモチベートするかというナッジ理論について語られる。プロスペクト理論ヒューリスティックス、アンカリング理論、サンクコスト、etc.  行動経済学の成果物は多岐に渡るが、なかんずくプロスペクト理論が明快かつ刺激的に感じた。歪んだS字型の価値関数によって象徴される、プロスペクト理論の考え方は、人間は利益よりも損失を大きく評価すること、利益・損失はその絶対値が増すほど価値が逓減していくこと(限界効用逓減の法則に似ている)など、色々なことを示唆している。行動経済学の強みは、人間の直観的な意思決定を組み入れたところにあり、リアルな経済活動を捉える上で今後も重要な役割を果たしていくだろう。

・外科室・海城発電 他五篇(泉鏡花/作)

泉鏡花は明治時代の小説家である。その煌びやかな筆名に相応しい、味わい深い古文体で、多くの耽美で幻想的な作品を残した。この短編集は鏡花の最初期の作品を集めたもので、青臭さこそ感じないが、若さゆえか極端で苛烈な展開の物語が目立つ。表題作の『外科室』はその代表ともいえ、ここではネタバレは避けるけれども、尋常ならざる男女の悲恋模様を描いた一作である。いずれの作品も決して後味が良いとは言えず、読者の心にもやもやとした読後感を残すが、それこそ泉鏡花が具象化しようとしたある種の問題意識の現れのようである。

・現代の金融入門(池尾和人/著)

某ドラマに影響を受け、金融学の入門書をひと摘み。金融機関の役割や金融政策の目的などについて簡明な説明がなされている。金融学の要点を掴むとともに、バブル経済サブプライム問題について理解を深められた。

・伝説の7大投資家(桑原晃弥/著)

バモア・ソロス・ロジャーズ・フィッシャー・リンチ・バフェット・グレアムの7人を伝説的な投資家として取り上げ、彼らの生い立ちと投資哲学が紹介されている。それぞれ活躍した時代は異なり、投資術も様々だが、市況や投資先企業を丹念に分析する、大勢に流されず自分のルールを貫く、こういった点は共通しているように感じた。いずれにせよ、投資がギャンブルではないことを実証した偉大な人たちである。

・死刑 その哲学的考察(萱野稔人/著)

哲学的視座から死刑の持つ意義及びその是非を考察している。先々月に読んだ『死刑肯定論』と比べると、よりファンダメンタルな議論が中心になっている印象。死刑の是非を確定するためには、応報感情に基づく道徳論では決着がつかないから、政治哲学的に考察する他ない。特に鍵となるのが、死刑と切っても切れない関係にある冤罪の問題である。これは死刑廃止の論拠として十分有効になりうるが、現状それでも日本の世論は死刑の肯定に大きく傾いている(8割近くが支持)。結局、価値判断は個人の感情に依るから、思弁的な議論では白黒つけられない、ということだと読み取った。

・新・材料化学の最前線(首都大学東京都市環境学部分子応用化学研究会/編)

多様な機能材料について、豊富な具体例を挙げてわかりやすい説明がなされている。ドラッグデリバリーや人工光合成の話題が特に琴線に触れた。一口に材料開発といっても、ミクロ構造に着目して材料をデザインするボトムアップ的なやり方、反対に必要な機能からミクロ構造を設計するトップダウン的なやり方、色々あるがいずれも創造性に溢れていて面白い。生物の器官や自然の造形からヒントが得られることもある。いやしくも材料科学を学んでいる者として、大変参考になった。

ルワンダ中央銀行総裁日記(服部正也/著)

日本銀行の一流バンカーである著者が、遠く離れたルワンダ中央銀行総裁に抜擢され、その経済立て直しに尽力する話。長年の豊富な知識と経験をもとに、ルワンダ経済の抱える問題を解決していく様はまさしく快刀乱麻を断つようで清々しい。色眼鏡をかけることなく、現地人と真摯に向き合う服部氏の人間性にも敬服の念を抱いた。とにかく学ぶところの多い一冊。

 

今月はぜんぜん充実した読書ができなかった。反省したい。
泉鏡花も捨てがたいが、読み易さを採って行動経済学の本を推していく。

行動経済学の使い方 (岩波新書)

行動経済学の使い方 (岩波新書)

 

 

 

7月に読んだ本

前期授業おしまい!今はもっぱら虚空をみつめて過ごしている。

 

小僧の神様・城の崎にて(志賀直哉/作)

志賀直哉と言えば私小説。純朴かつ繊細な筆致で、在りのままの家庭の様子と心境とを描写している。何か事件が起こるわけでもない、淡々と過ぎ去っていく日常の日々にも、ふとした感動の機会が潜んでいることを思い知らされる。表題作『城の崎にて』は交通事故で入院していたころの自分の想念と少し重なるところがあった。

・現代文明論講義(佐伯啓思/著)

この講演記録が勉強になったので、著作にも手を出してみた。学生と対話を行いながら、価値相対主義や民主主義といった現代文明を基礎づける思想を問い直し、最終的に現代文明はニヒリズムに陥っているという結論を導く。民主党政権の失敗、尖閣諸島問題など、具体的な話題もあり面白く読めた。
数年前まではこの人が般教の現代文明の講義を受け持っていたらしい。現在担当されている先生も個性的で面白いが、この先生の講義も受けてみたかった。

・哲学用語図鑑(田中正人/著)

イラスト付きで時系列順に哲学用語が解説されている。とてもよくまとまっており、古代から現代までの西洋哲学の大雑把な流れを掴むことができた。しばらくは手元に置いておきたい。

・読んでいない本について堂々と語る方法(ピエール・バイヤール/著、大浦康介/訳)

書物とは自らについて語る為のスクリーンに過ぎないから、実際に読んだかは問題にならない。それどころか、書物への過度な傾倒は独創性を失わせる。個別の書物の内容よりも、全体の中で書物がどのような関係性の中に位置づけられるかの方がよほど重要である。ここでは、書物と適度な距離を保つ「読み方」が推奨されている。確かに、書物を有難がるのはその人の内面がそれほど薄っぺらいということでもあるね。

・「P≠NP」問題(野崎昭弘/著)

期待外れも良いところ。肝心のP≠NP問題に全然触れられていない。せめてNP完全とNP困難の違いくらいは説明して欲しい。

・世界リスク社会論(ウルリッヒ・ベック/著、島村賢一/訳)

テロリズムや環境問題として表出した、現代社会の孕んだリスク。これは近代主義の失敗を端的に示しているが、一方で地球規模での変容の契機をもたらす。コスモポリタニズムを基軸とするベックの思想は、訳者も指摘しているようにいささか楽観的ではあるのだけど、一つのテーゼとしてはやはり価値がある。現代社会の行く先にネガティヴなムードが漂っているからこそ、こうした人間の善性に訴えかけるような思想にも目を向けたい。

・後世への最大遺物・デンマルク国の話(内村鑑三/著)

中学時代にお世話になった先生が推していた本。金も事業も文学も思想も遺せない人が遺すべき最大遺物、それは「勇ましい高尚なる生涯」であると内村鑑三は言う。安っぽい言い方をすれば、背中で語る、という感じだろうか。内村鑑三自身、クリスチャンとして様々な活動に従事し、決して己を曲げず、歴史の教科書にも載るような勇ましい高尚なる生涯を遺したから、なかなか説得力がある。

メタマテリアルのつくりかた(冨田知志、澤田桂/著)

メタマテリアルとは電磁波のふるまいをコントロールするための人工物質のこと。例えば負の屈折率を持つ物質。これは既にマイクロ波に対しては実現されているが、可視光に対しても実現できれば透明マントが作れる(!)。磁気工学関連の書籍の大半が高い専門性を要求する中で、この本は数式による説明がないので、手軽に読める。メタマテリアルベリー位相の直観的イメージをつかむのに役立った。この調子で材料工学まわりの知見を広げておきたい。


『日本SFの臨界点』は来月におあずけ。
今月読んだ中で特に琴線に触れたのは志賀直哉
上に挙げた佐伯先生の講演記録も一読の価値あり。

 

6月に読んだ本

もう2020年も折り返し。時は飛ぶように過ぎていく。

 

・カント入門講義(冨田恭彦/著)

 カント哲学(超越論的観念論)の入門書。時間・空間は外界に存在するのではなく、アプリオリに備わった感覚の形式だとする議論が興味深かった。認識は理性によって対象が分析される結果、現象として生じるであって、物自体の写しではないから、むしろ認識に対象に先立たせることが可能(まさにコペルニクス的転回)なんだけども、そうすると認識の普遍性が危うくなる。そこで人間相互を結びつけるよすがとなる一つが、アプリオリな総合判断とやらなんだろう。たぶん。

代替医療解剖(サイモン・シン、エツァート・エルンスト/著、青木薫/訳)

 鍼灸ホメオパシーのような代替医療の欺瞞を白日の下にさらす本。信頼に値する研究・調査結果を援用しつつ、あくまで中立的な立場から真実を探ろうとするスタンスが素晴らしい。結論としては、代替医療のほとんどは完全なまやかしに過ぎず、プラセボ以上の効果は認められないとのこと。そりゃそうだ。だが現実には、代替医療に騙されたばかりに救えたはずの命まで失う人がいる。では政府はどういう了見で、この悪しき代替医療が蔓延るのを等閑視しているのだろう。

・オーデュボンの祈り(伊坂幸太郎/著)

 これが処女作とは恐れ入る。さすが伊坂幸太郎といった感じ。未来を見通せるはずのカカシは、なぜ自分の死を予見できなかったのか。ファンタジックな要素を含んだミステリー。見事な結末に膝を打つ思いだった。この作品の根底に見える勧善懲悪的な意識は、他の多くの伊坂作品にも通じているように思う。

・闘争領域の拡大(ミシェル・ウェルベック/著、中村佳子/訳)

 自由主義社会は無慈悲な闘争の領域でもある。貧富格差の著しいのと同様に、恋愛においても明確な勝者と敗者がいる。救いようのないことに、敗者の原因はたいてい生来的なものである。最後までもがき続けたティスランは、決して報われることはなく、悲劇的な最期を迎える。主人公は世間に冷笑的な態度を向け、斜に構える一方で、どこかで愛への執着が拭えない。二人の脱落者に投影される、自由の代償としての不自由。開放的に思われた世の中は実は非常に虚無的であるな、と。自分には耳が痛くなるような話だった。

・葉桜の季節に君を想うということ(歌野晶午/著)

 叙述トリックのジャンルで評判の作品。何でも屋を自称する主人公の成瀬が、悪徳商法業者と奮闘する物語。途中でネタが推測出来てしまったため若干興醒め。Amazonのレビューがネタバレだらけなので注意。

・意思決定と合理性(ハーバート・サイモン/著、佐々木恒男ほか/訳)

 人間による意思決定は、不確実な仮定と多様な判断基準に依っているから、完全に合理的ではありえないという主張。著者としては、経済学などで合理性な行動選択を前提することに物申したかったのだろうと思われる。最善だと思われた判断も、実際は局所的最適解でしかないのだろうけど、それでも常に視野を広く持ち、自戒的でありたいものだ。それにより偶然にせよ大局的最適解に到達することもある。

・人知原理論(ジョージ・バークリー/著、宮武昭/訳)

 バークリーも観念論者であったという点ではカントと同じだが、その考え方は大きく異なり、こちらは非常に宗教色が強い。「存在するとは知覚されることである」この言葉に表現されるように、バークリーは精神の実在を重んじる一方で、物質の存在を否定し、世界は観念のみによって構成されるものとした。物質に代わって、世界の存在を保証してくれるのが、ほかならぬ神様である。バークリーは聖職者であり、このような発想がでてくるのも敬虔なクリスチャンならではだろう。一部で彼は独我論者のレッテルを張られ批判に晒されたわけだが、存在のよりどころを絶対者に求めたその思想には吟味の価値があり、実際、デカルト、ロックに端を発す観念論の系譜に確かな足跡を残している。
 視覚新論も文庫で出してほしい。

・死刑肯定論(森炎/著)

 死刑の究極的な論拠を探る本。西洋哲学・社会学の思想や実際の判例を交えて、死刑にまつわる多角的な議論を行っている。見せしめ、排除すべき悪性、国家の安全の確保、復讐の代行など、死刑には様々な捉え方があり、これらを総合した結果現在でも日本は死刑制度を保持している。死刑を認める制度下に暮らす以上、一人一人それに対し何らかの明確な意見を持つべきことは確かだと思う。そしてこの本は自ら死刑について考える材料を提供してくれる。

・言葉とは何か(丸山圭三郎/著)

  ソシュール言語学のいろはが書いてある。言葉は単なる事物の名前でも、概念を指す記号でもなく、認識そのものであるという。確かに、言葉が無くなれば人間の思考能力は大幅に失われることが想像できるように、言葉は人間の思考を規定している。一方で、人間の新しい観点が言葉を生む。社会的合意からコノテーションとして言葉の意味が付与されることもある。言葉の世界は実に奥が深い、これぞ灯台下暗し。この本で終わりにせずより深い理解を求めて勉強したい。

狼と香辛料〔15~17巻〕(支倉凍砂/作)

 ラノベ。たまに読みたくなる。ロレンスとホロ、最後のピンチから感動の大団円を迎えるまで。振り返れば初めから二人はお互い一途だったと思う。脳が回復する。Spring Logも、狼と羊皮紙も、続編は全然読めていない。今ならAmazon Unlimitedの対象みたいだけど、きちんと金を払って読みたいと思う。狼と香辛料VRなんてのもあるらしく、かなり興味がわいている。

 

ちくま学芸文庫ばかり読んでんな。
印象に残ったのは人知原理論、人に勧めるならオーデュボンの祈り。

 

オーデュボンの祈り (新潮文庫)

オーデュボンの祈り (新潮文庫)